つい、ひとり反省会をしてしまう人の中に、やめたいのにやめられないという人がいます。
人と時間を過ごしたあと、
「うまく振る舞えた」「ちゃんとできた」
そう思えたとき、少しほっとする。
逆に、「何かまずいことをしたかも」と違和感や後悔が出ることもあります。
そのようなときは、危険、緊急事態として、脳の「危険センサー」である扁桃体が活性化します。
やめられない苦しさや、その是非については、ここでは触れません。何がおきているかについて、まとめました。
コントロール感がくれるもの
「私が悪かったのかも」と理由を探してしまうのはどうしてでしょう。
ひとつには、
「理由がわからない不安」より
「理由のある不安」のほうが耐えやすいというのがあります。
理由のある不安は、
”私が悪かった”
”あの言い方がまずかった”
という因果関係のストーリーです。
これを担うのが前頭前野です。
もうひとつは、原因を自分にすると、解決に直結しそうで安心感があります。
ここで起きるのは「理解できた」という感覚、納得感です。
自分を責めたり、直したりすることで、
ものごとは、うまくいく。
”わたしが変われば、次はだいじょうぶ”
これは、自分でなんとかできる―自分がコントロールできるという感覚です。
反省しすぎる理由
このような理解できたという感覚、この先の予測がつくことで、間違いなく不安は下がります。
そして同時に、心に小さな“報酬”が与えられます。
神経科学の仮説では、
「こうすればうまくいく」と感じるとき、
脳の報酬系が刺激され、ドーパミンが関与すると考えられています。
参考:中原裕之、報酬構造学習―ドーパミン神経細胞をめぐる新仮説、BSI-ITN Tech Report No. 13-01 2013
「自分の力で状況を変えられる」
という達成感や意欲
「次はもっとうまくやれる」
という自己効力感
これは「続けてもだいじょうぶ」というお墨付き、下支えといえるものです。
この、なんとかできるという感覚で、迷いや不安が減るのです。
ひとり反省会は問題解決行動
反省会をしているはずのに、なぜか、どこかホッとするのは、ちょっとした矛盾です。
いままでの流れを下の図にまとめました。

つまり、ひとり反省会は、脳にとって“問題解決行動”になっています。
やめようとすると、
脳は「危険回避ルートを失う」と感じて抵抗します。
この仕組みは
意志が弱いとか、性格の問題ではありません。
危険を減らそうとする、合理的な脳の働きです。
そういうわけで、
自分自身を痛めつけるような反省であっても、
一時的な安心と、ちょっとしたすっきり感があるのです。
でも、その安心は、
根本的な回復ではないのです。
痛みを一瞬やわらげる“鎮痛”に近いのではないでしょうか。
ひとり反省会は脳が安全を探しているだけ
自分を修正して安心したとき、
- 不安が下がり
- 報酬系が刺激され
- ほっとする感覚が生まれる
この問題解決行動が繰り返されると、
脳はそれを“有効な戦略”として学習します。
いくら鎮痛作用があるとしても、ひとり反省会はしんどいものです。
もし今、
「自分を責めると少し楽になる」
そんな感覚があるなら、それは、あなたの性格からではなく、
単に、脳が安全を探しているだけかもしれません。
この違いが見えてきたとき、別の選択肢も見えてきます。

