『境界線を引く』|分かっていてもできないとき

「境界線を引けばいい」と言われてもできない

境界線を引きたくても、それが難しいときはありませんか?

グループ。
親子。
夫婦。
職場。
地域。
支援する立場。

離れられない関係がいろいろあります。

どんどんあなたの生活に入り込んでくる相手もいれば、
相手都合で疎外される…、金銭面の問題に巻き込まれる…、トラブルになる…、
そんな経験があるかもしれません。

距離をおくことができれば、どれだけ楽か、もう十分に分かっている方が多いようです。

でも現実は、「距離を置けばいい」という単純な話ではなく、いろいろなことが絡みあっていることがあります。

問題は「境界線」だけではない

問題が起きるたびに
「私がもう少し頑張れば」

「人を変えようとしないで自分が変わるしかない」

そんなふうに、
伝え方を変えてみよう。
理解を深めていこう。
自分を改善していこうと、前向きに、自分を変えていく考えが実についている場合があります。

これは、成熟した方に多い特質のひとつです。

でも、もし、一人だけの努力になっているなら、少し立ち止まって考えてもよいかもしれません。

人は改善し続ける機械ではない

誠実な人は
「もっとできるはず」と思います。

自然にそういう思考になっていて、無理をしているのではないと思います。

その姿勢はあなたの信頼になり、あなたの人格は自他ともに認められていきます。

愛され、尊敬されていきます。

でも、信頼される人ほど重荷が集まる社会もあります。

「これ以上私に何を求めるの?」と心で叫んだことはないでしょうか。

境界線よりも先に必要なもの

私は最近、

「境界線を引くこと」と同時に、

「責任を一人で背負い続けていないか」

を見ることの大切さを感じています。

「境界線を引けばいい」というのはとても役に立つ考え方です。

でも、境界線が引けない関係の中で、一人だけが責任を負い続ける立場になるとき、人を苦しめることがあります。

一人だけが努力し続ける関係では、どんな工夫も限界があります。

自己満足に陥いり本末転倒になったり、

本音と建て前の葛藤に苦しんだり、

手伝ったことで、相手のずるさを増長させてしまったり。

境界線をひくことだけを目標にしなくてもよい

すぐに解決できる話ではありません。

『あなたの努力が足りないから苦しい』のではないという見かたを加えるのはいかがでしょうか。

考えるポイントは
いまは、なんとかできているけれど、

あなたが努力を続けることが前提になって、その場が落ち着いているなら

偏った状態かもしれません。

「境界線をひけない」けれど、心理的な距離はおける

もうひとつ、「境界線をひけない」それがあなたらしさのことがあります。

もし、現実に距離をおくことは難しいときは、心理的に、少しずつ距離をおくことはできます。

そのために心理療法をすることもあります。

距離をとっている自分と、分かっていてもできない自分。

ゆっくり振り返ると、ひとつひとつに、過去とのつながりや、何かの意味があるときもあります。

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